石田不空は定期的に個展を開催し、書の魅力発信に努めています。
石田不空書芸展(第10回展)
令和2年 12月16日(水)~20日(日)
法多山 尊永寺 「紫雲閣」
ごあいさつ(作品目録より抜粋)
このたびは「石田不空書芸展」にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
周囲からの幾多の非難や説得にも覚悟を曲げず書家を目指し、会社を辞めて早20年。
この節目の年に、奇しくも「高野山真言宗 別格本山 法多山尊永寺」での10回目となる記念すべき個展を開催させていただくことができました。
会社を辞める前に読んだ脱サラ起業の本には、一様に「10年後に残っているのは1割未満」と、夢を諦めさせるに足る厳しい現実が記されていました。それでも挑戦し、どうにかここまで来ることができたことに対し率直に誇らしく思います。同時に一番の理解者であり応援者(被害者?)であった家族に対し、本当に感謝しています。
幾度となく推敲・揮毫を繰り返し数百枚を消費し、数ヶ月、ものによっては数年かけて作品は完成します。書家は、ともすれば「字が上手い人」と単純に思われがちですが、あらためて思うことは、字が上手いだけでなれるほど甘いものではないということです。と申しますのも習字のお手本書きならまだしも、作品を書くにあたっては書く文字の意味などを考慮し、楷書や行書、隷書など…と書き分けねばならないことはもちろん、あえて字形のバランスを崩し全体の均衡を図る、といった造形上の工夫も必要になるからです。
さらに様々な筆や墨、紙の特性・個性に応じてこれらを使い分け、最適に組み合わせる能力、書道用具や書の歴史などに関する総合的な知識、表装などに関するセンスも持ち合わせていなければなりません。しかしこれら技術や知識というものは所詮、書家と名乗る上で当然身につけているべき技能でしかありません。
むしろ大切なのは数学者・岡潔先生の言う「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心」すなわち情緒であり、更に付け加えるならば自由な創造力やひたすら考え打ち込む忍耐力、また読書などを中心とした不断の努力の積み重ねによって身につける広く深い教養です。
なぜなら『書は人を表す』の言葉どおり、書の格において人品に勝るものは無いからです。弘法大師空海の書の素晴らしさの本質もまさにここにあり、だからこそ「未だ山麓、自分はまだまだ全くの未熟者である。」と、その高い壁を仰ぎ見て日々痛感するのです。
これからも精進を重ね「力強く、洗練された現代書」の追求と、更なる書の魅力発信に邁進してまいります。長く厳しい道のりです。是非応援をよろしくお願い申し上げます。
末筆ながら皆様方のご多幸をお祈りし、書中にてお礼とさせていただきます。
令和2年12月吉日 石田不空
令和3年 今後の作品展のご案内
『第6回 書の交流展』
3月4日(木)~7日(日) 小国神社研修室(森町) ※生徒の皆さんの作品展
『石田不空書芸展』
4月16日(金)~20日(火) みやこめっせ(京都市勧業館)美術工芸ギャラリーA